杉ブログ

主にスギ花粉症について勉強したことを書いていきます。

用語

勉強した用語リスト

育成単層林:人為によって保育などの管理がされた森林のうち、樹齢や樹高の異なる樹木によって構成された森林。

育成複層林:森林を構成する林木を択伐等により部分的に伐採し、人為により複数の樹冠層を構成する森林(施業の関係上、一時的に単層となる森林を含む。)として成立させ維持する施業(育成複層林施業)が行われた森林をいう。

樹冠:樹木の枝や葉の茂っている部分。孤立樹では種によって一定の特徴のある形を呈する。

//分ける意味あんのかわからんが, そういうもんらしい. 人工林=育成単層林+育成複層林のようだ(?). 単層林の方が50-100倍多い.

精英樹:一般名詞. 林で一番成長がよく, 幹も通直で枝も細い株 (やまいというらしい) を全国でコレクションして作り上げた, 最強のスギ株たち. すげー面白いですね. 各樹木の精英樹がとられたようです. これらの花粉飛散量が多いために, 花粉症が広がっているという事情もあるみたいです.

胸高直径:樹木の大きさを計る指標のひとつ. 地上120cm位置 (北海道は130cmらしい!) の幹の直径をいう.

樹級:1年生から5年生までを1齢級、6年生から10年生までを2齢級、以下90年生までを5年ご とに区分し、91年生以上は19齢級以上として一括計上した。(林野庁資料「森林資源の現況」平成24年)

 

スギ花粉症有病率は48.8% (東京都・2017)

2017年の東京都知事選挙で, 小池都知事は公約として「12のゼロ」を掲げて当選し話題を呼びました. この12のゼロとは, 原発ゼロ, 隠蔽ゼロ, 企業団体献金ゼロ…と続き, 10番目になんと「花粉症ゼロ」が挙げられています. 2017年10月7日の東スポwebに記事がありましたので, 引用します.

小池氏は「とても身近な課題。社会的なロスを考えると、林や森の問題から、医療・医薬品の開発まで含めて取り組んでいく」とヤル気満々。都政担当記者は「全国でスギやヒノキを伐採するんですかね。何期務めるつもりなのか」と皮肉交じり。また「小池知事が花粉症に悩まされているという話も聞かない」というからナゾは深まるばかり。

この公約, 「実現性ゼロ」と揶揄されていますが, 花粉症が社会的な損失であるという認識については慧眼だと思います. また, 花粉症問題は医療・環境・産業を横断する課題であり, 強いリーダーが課題に取り組むことは重要だと思います. 東京都というひとつの自治体の力で解決できるかどうかは, わかりませんが...

さて小池都政とは無関係に, 東京都ではほぼ10年毎に福祉保健局が都内のスギ花粉有病率についての調査をしています. そして昨年は第4回の調査が実施され, 都民の実に48.8%がスギ花粉症を患っているという報告がなされました. その2017年の調査報告書を読んでみましたので, 都民にとって花粉症がどのくらいヤバいのかを見ていきたいと思います. ソースはここです:

調査の方法

都民3600人を対象にしたアンケート調査; 2-4月にくしゃみ, 鼻水などの症状の有無, 医療機関の受診の有無等を調査しています. さらに, 回答者を対象に花粉症検診を行い(3月), スギ花粉症の有無を診断しています. スギ花粉症の有病判定は

(4)スギ花粉症の有病判定
  花粉症検診受診者のスギ花粉症の有病判定を下記のとおり行った。
  スギ抗体検査結果が陽性(クラス2以上)であって、検診当日に花粉症症状・所見を呈していた者又は花粉症症状を抑える医薬品を使用していた者を、スギ花粉症「有病」 と判定した。

とのことで, 血液検査で診断していて, かなり本格的な調査です.

ちなみにアンケートの回答率は3割前後, 性比はほぼ半々でした. 興味深いのが回答者の年齢で, 最大値が101歳, 最小値が0歳となっています. 回答者の平均年齢は45.94歳でした. 花粉症は年齢が上がっても治癒しないため, 回答者の年齢が上がるほど有病率が上昇すると考えられますので, 偏りがないことが重要です. 東京都の平均年齢が44.63歳*1ですから, 母集団としては都民の実像を反映していると考えられます.

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結果

まずはアンケートの回答で, 花粉症シーズンの症状を見てみます.

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くしゃみ・鼻水・鼻づまり (鼻炎症状) と目のかゆみは代表的な花粉症の症状ですが, 都民の半数はこうした症状に苦しんでいます. さらに,鼻炎症状の重症度を見てみます.

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このグラフと, 設問[(症状が)あり」と回答した症状は, 日常生活にどれぐらい影響していますか]の回答を比べると,

No. カテゴリー名 n %
1 何も対策をしなくても日常生活に支障はない 381 26.9
2 セルフケア(市販薬の服用、マスクの着用等)をすれば日常生活に支障はない。 497 35.1
3 医療機関にかかれば日常生活に支障はない。(自分でできる対策だけでは日常生活に支障がある。) 387 27.4
4 医療機関にかかっても日常生活に支障がある。 110 7.8
  無回答 39 2.8
  回答者数 1414 100.0

ざっくり[最重症]または[重症]の人は, [医療機関にかかれば日常生活に支障はない]または「医療機関にかかっても日常生活に支障がある」と感じているようです. したがって, 東京都には花粉症のために医療機関にかかる必要のある人は約22%(300万人)いることになります. この数字, わりと肌感覚に近いと思うんですが, どうですか?

また, 薬の使用についてのデータでは, 花粉症の症状を訴えた人の約64%が市販薬または処方薬を服用していることがわかります.

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こうした薬剤には医療保険が適用され, 少なくない金額が花粉症に費やされていると考えられます.

次に, 本調査での花粉症の原因となる植物種のデータを見てみます.

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結果はもちろんスギが第1位なんですが, その割合は約8割と非常に大きいです. スギを優先的に対策する必要がありそうですが, ヒノキも結構無視できないと思いました. 血液検査ではスギ花粉症有病者の約半数がヒノキ花粉症も陽性というデータもあります.

年齢別のスギ花粉症の有病率の推移を見てみます. 調査はほぼ10年毎に行われています.

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グラフを見れば, 有病率が増加の一途を辿っていることは明らかです. この傾向が今後も続くとすれば, スギ花粉症有病者は今後さらに増加するということになります. また, 年齢による有病率の差は大きくないようです. 東京都の人口の流入・流出を無視すれば, 第1回調査で0-14歳だった層は今回の調査で30-44歳になっていますが, 有病率は増加する一方であることから, スギ花粉症が治癒する人はほとんどいないと推察されます. ただし, 「各回の調査では有病判定の基準や推計方法に一部変更点があるため, 推定有病率の変化を単純に比較することはできない」と断ってありました. これらをまとめ, 冒頭にも紹介した都民のスギ花粉症の有病率48.8%という数字が算定されました.

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今回はあきる野市, 調布市および大田区の3箇所で調査が行われていますが, 地域差がないということもわかりました. 川島ら(2002)のシミュレーションでは東京東部で花粉量が特に多いと予想されている*2ことから, 花粉の曝露量と発症には明確な因果関係がないのかもしれません. 報告書では, 他にも住民の入れ替わりによって地域差が低減しているか, アスファルト舗装された地面から舞い上がった花粉による二次曝露の効果によるものではないかと考察しています.

以上のデータを見ると, 東京都では48.8% (約669万人) という非常に多くの人がスギ花粉症に苦しめられているということがわかりました. さすがに「国民病」と呼ばれるだけはあって, 凄まじい数です.

最後に, アンケートの設問[東京都の花粉症対策に希望することは何ですか]に対し, 最も多かった回答が「花粉症の根本的な治療方法の研究を推進する(43.3%)」次いで「スギ林等の伐採や枝打ちで飛散する花粉を減らす(37.6%)」でした. これらの希望はもっともですが, スギ林は近隣の県にも多くあるわけですし, 一自治体が取り組むには難しい課題だと思います. 明らかに国が主導して取り組むべき課題です.

なお, 東京都医学総合研究所では花粉症治療の研究が進められているようです*3. 研究者の皆様, よろしくお願いいたします.

 

「精英樹」について

現在植林されているスギは, 精英樹 elite treeというモノらしいです. 精英樹について調べていたら, 林野庁等の資料がありまして, これが非常に面白いので丸パクリですが紹介します. この記事の情報源はここです:

精英樹とは

「林木育種事業の実施について(31林野第11236号)」等に基づき、用材生産を目的として成長の早いこと、単位面積あたりの収穫量が多いこと、幹がま っすぐであること、病気や虫の害がないこと等を目標とし、「精英樹」(第1世代精英樹)として約9,100本を選抜。

 

我が国の育種事業は50年前に「精英樹」を選抜することから始まりました。林で一番成長が良く,幹も通 直で枝も細い等の目立って優れた木,いわゆる「やまい」を全国津々浦々のスギ,ヒノキ,マツ,カラマ ツ林等から精英樹として選抜したのです。これは,国,都道府県及び民間が一体となって進めた一大国家事業であり,林木育種場と当時呼ばれていた林木育種センターの企画・指導のもとに全国で9,000本に及ぶ精英樹を選び,クローンを養成しました。

だそうです. つまり野生スギから, 有用形質をもとに優秀な株を選抜したのですね. 1954年 (64年前) から大規模な選抜事業を始めたのだそうです. こんなことやってたとは...! 「津々浦々」とありますが, 実際にサンプリングした地点は

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この赤点の位置だそうです. マジで津々浦々!これ, 森林を歩いて1本1本歩いて取りに行ったわけですから, 相当な大事業です.

そしてこのエリートがどのくらい卓越しているかというと…

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これヤバくないですか !? ImageJで周りの樹と比べると, すぐ手前の株の実に149%の高さがあります. しかもシュッとしてるし.

そしてこちら選抜の結果

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(統計学のお手本みたいなヒストグラムです) 選抜後 (精英樹) の胸高直径の最頻値が1.25倍になっています. 胸高直径は地上120cm位置の幹の太さです. これ背の高さは多分もっと差があるんでしょうね. しっかしここまで差があるとPも要らないのか??

この後には, 特に優れた精英樹同士をかけ合わせた, 第二世代精英樹を選抜しています…と書いてあるのですが, ちょっと, えって思いますよね. 雑種第ニ代(F2), 三代(F3)と重ねるのか… 気が遠くなるような事業です. しかもこれ, 成熟すればいいってものでもなくて, 世代重ねるまでに充分成長させて表現型を評価しなくちゃならないので, F2を50年とか育てなきゃならんのか… するとF3の芽が出るのは2060年くらいですよね.

これ, 一般のスギと第一世代精英樹のゲノム比較して, GWASで 成長性と相関の強い多型を決定して, F2のうち優れたゲノムを持ってる株を育てる作戦にした方がいいんじゃなかろうか. 全然今からでも間に合うし.

それから, スギって花をつけるまでに20年くらいかかるらしいんですが, 短縮する技術を開発した方がいいですよね. カルスから直接花芽に分化させたり, 減数分裂を誘導したりって, できないんですかね? こんど調べてみます.
実生苗にジベレリン処理をすることで花芽形成を誘導できるようです*1.

今回は精英樹について調べてみましたが, すごいです. 先人たちの努力が生み出した, 紛うことなき日本の財産であると思います. しかしながら, このエリートたちが成長性のみならず, 花粉の飛散量までもがエリートだったということは, 現在の花粉症地獄を鑑みれば皮肉としか言いようがありません. また, なんとかこの精英樹, さらに次世代精英樹の成長性をそのままに, 花粉を減らした株を作りたいという事情もなんとなくわかりました(?)

*1:Hashizume, H. The effect of gibberellin upon flower formation in Cryptomeria japonica. J. Japanese For. Soc. 41, 375–381 (1959).

スギについて

スギ (杉, Cryptomeria japonica D. Don) は常緑高木の針葉樹で, この種だけで1属1種を構成します. 日本の固有種で, 北海道および海外には自生しません*1. 成長が早く, 直立し, 高く育つ(-45m)ことから, 古来から建材として利用されます*2. 生育環境により成長速度は異なりますが, 概して25年間で15m程度に成長するようです*3.
//何年で伐採できるのか?

スギの数について

人工林(1026万ha)のうち, スギ(445万ha)が占める割合は43%で第一位です*4. 国土面積のおよそ12%が人工のスギ林で, 山梨県の面積に匹敵します. 加えて, 自然林にもスギは自生していますから, これよりも多くのスギが国内に存在します. 天然林は林野庁の統計では「針葉樹」「広葉樹」に分類されるようで, それ以上細かく調査していないみたいです(?). 航空写真から樹種を自動的に特定する方法があったら便利ですね…と思ったら, すでにそういう話題があるみたいです:

//林野庁では「樹級」ごとに統計をとっているので, 花粉を出す樹の概数が計算できそうです. 計算したら追加します.

*1:牧野富太郎 (1940). 牧野日本植物圖鑑 pp901

*2:林野庁/スギ・ヒノキ林に関するデータ

*3:Sato, Y., et al. The Effect of Genotype and Planting Density on the Growth Patterns and Selection of Local Varieties of Sugi(Cryptomeria japonica). J Jpn For Soc 98, 45–52 (2016).

*4:森林・林業統計要覧2017

はじめに

僕の名前は山本と申します. 東京都内の学生です. 遺伝子工学を応用した有用生物の作出に興味があります.

このブログはスギ花粉症とその対策について勉強したことを書いていくつもりです. スギ花粉症はスギの花粉に対するアレルギーで, ヤバい症状が出ます. 東京都の調査では, 都民の48.8%がスギ花粉症と推定されていて(2015年), ヤバい状況です.  さらに有病者は増え続けており, 対策をしなければ今世紀中はヤバい状況は改善しないでしょう. 現在の花粉症対策として, 抗アレルギー薬を服用するという対症療法が標準的ですが, 毎年莫大な医療費が注ぎ込まれており, ヤバい状況です.

もうひとつ, スギ花粉症の特徴として, 国家レベルの大問題であるにもかかわらず, 担当する省庁が不明確であるということがあります. 花粉症は疾患なので, 厚生労働省が対策してくれるのでしょうか. スギ花粉はスギ林で発生するので, 林野庁農林水産省が対策してくれるのでしょうか. 花粉症は公害ですから, 環境省が対策してくれるのでしょうか. もしかして, 小池都知事の「花粉症ゼロ」でしょうか.

こうした(主にスギ)花粉症にまつわる情報を整理し, 現状を分析し, 講じられている対策を勉強するのがこのブログの目的です. その上で, もしかして花粉症に対する医療費を使えば, スギの伐採事業や, スギの新品種の開発が実現するのではないかと考えています. さらに不稔化した新品種を海外に輸出することで事業化できるかもしれないというアイデアも思いつきます.

そんなことを考えながら, 勉強してみようと思います.